Songs and Colors

歌うように軽やかに、様々な色を身にまとって。

私が幸せでありますように

先日、センセに教えていただいたサイトに「『慈悲の瞑想』の言葉」というのが載っていたのですが、その1番初めに唱えるのが↑タイトルの言葉です。
自分が幸せでなければ、他人を幸せにすることはできない。
これって、当たり前のことだと思いますよね? でも実際に「自分は幸せか?」と問いかけてみれば、自信を持って「はい、幸せです!」と答えられる人は、果たしてどのくらいいるのでしょう? 自分が幸せになるというのは、それほど大変なことなんですよねぇ(汗)
昨夜、この言葉を声に出して唱えていたのですが、今の自分にとって「心にもないこと」の部分に差し掛かると、途端に苦しくなったり言いづらくなったりしました(爆) 「私の嫌いな人々」に対して幸せを願う部分デス☆
逆に「私を嫌ってる人々」に対しては、そんなに抵抗なかったんですけどねぇ(汗) 嫌われるのに慣れてるからなのか、自分は嫌われる人間だと心底思ったことがないからなのか…?
言葉を唱えることによって、自分の心がビミョ〜に動くのを観察するというのも、なかなか刺激的なんですよ〜(笑)
自分が何をイヤがっているのか、何をツラいと思っているのか、自分を放置して(突き放して)見ていると、知らなかった自分というモノが見えてきます。 大抵は、ロクな自分じゃありませんが(爆)
ただ、それを見ないようにしている限り、私は幸せになれないんですよね☆ 自分の本心、自分の心根を認めなければ、何をやってもウソになってしまう(泣)
つまり、どんなに他人に尽くしたとしても、それが自分の本心から出た行為でなければ、単なる「偽善」に過ぎないということでしょう☆ 一過性の自己満足に浸っただけ…夢から覚めれば、ただ虚しいだけ(爆)
この言葉は、最後に「生きとし生けるもの」に対しての幸せを願って終わります。
自分の嫌いな人を含めた、全ての存在を受け入れ赦すことができたなら、心に迷いも苦しみもなく幸せなんだろうなぁ♪…と、妄想してウットリしてますけど(爆)